History(appleciderの股関節歴)


小学生時代(1977年〜)

何事もなく幼稚園を卒園し、そして小学校へ入学しました。
この頃は1年に1度のペースで定期検診に大学病院へ通っていました。

母は担任の先生に、これだけはやらさないでくれと、お願いしていたことがありました。それは、「うさぎ跳び」です。最近の体育ではあまりやらないようですが、当時は準備運動が終わると「ランニング」と「うさぎ跳び」が必須うでした。私は「うさぎ跳び」禁止なので、その分クラスのみんなよりも多くランニングをすることになっていました。みんなが「うさぎ跳び」を一生懸命やっているすぐ横を、私だけ駆け抜けて行くという感じです。不思議なことに、そのことで誰かに何かを言われたりすることはありませんでした。

でも、ブルマーの下からどうしても顔を出してしまう手術の痕は隠せなくて、男の子から「おまえの足、根っこが貼り付いてるぞ!」なんて言われたこともありました。そうすると決まって仲のいい女の子たちが必死にかばってくれました。このことで傷つくこともありましたが、母から「この傷がなかったら、あなたは歩けなかったのよ。今歩けるのは、この傷のおかげなのよ。何も恥ずかしがることなんかないのよ。」と言われていたせいか、すぐに立ち直りました。母の教えに感謝です。

体育の授業では苦手なものがありました。「跳び箱」「棒高跳び」「幅跳び」「ハードル」などです。見事に股関節の動きに関係するものばかりです。ずっと私は運動神経が悪いのだと思っていましたし、母からもそう言われていました。でもきっと股関節のせいだったんだと、今では思っています。

赤ちゃんの時の手術痕はそれほど大きなものではなかったはずですが、成長とともに手術痕もしっかりと大きくなっていきました。(大人になってからの手術の痕よりも大きいくらいです。)

小学3年生くらいのとき、左足の付け根が痛んだことがありました。
母に話すと、すぐに近くの接骨院へつれていかれました。接骨院で、捻ったのではないかと言われ、母がすごくホッとした表情をしていたのを覚えています。でも、今思えば、これが変股症の前兆だったんじゃないと考えてしまうことがあります。

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